Nothing, Something, Everything

Photo: NASA/Roscosmos

 
 

2020年3月6日夜、僕たちアーティストはNASAケネディ宇宙センター、ケープカナベラル空軍基地第40発射施設から5キロ離れた芝生の上に立っていた。その夜はロケット打上げの延期が懸念されていたほど上空の風が強かった分、いつもより空気が透き通っていた。夜空の向こうに星がキラキラと輝いて見えた。打上げ予定時刻45 秒前、「L.D., Go for Launch」SpaceXの発射指揮者が最終確認のゴーサインを出した。いよいよだ!今夜、飛ぶ!僕たちは今夜、飛ぶ!あと30秒…15秒…3…2…1…「イグニション(点火)!リフト・オフ!」

23時50分31秒、僕たちはSpaceX CRS-20 ファルコン9ロケットが雲ひとつない夜空へと飛び立つのを見守った。隣にいた人がその時どんな表情をしていたかきっと誰も知らない。9つのマーリン(ロケットエンジン)が放つ光線は「リフト・オフ」の掛け声と同時に光の扇子を開くかのように放射線状に夜空を照らしていく。それはまるで日の出が一瞬にして起きたかのようだった。ロケットがある程度の高度に達すると今度はエンジンの音と振動が身体に響いてくる。駐車場の車の防犯装置が一斉に誤作動をはじめ、警報音が鳴り響く。ロケットエンジンもそれに負けじと轟音を被せてくる。打ち上げから約8分が経過。まもなく日付けが変わるのを知らせるかのように役目を終えた第1ステージが地上に戻ってきた。着地から数秒後「ドンドーン!」とソニックブームが2度鳴り響き、歓声が湧き上がった。見上げるとドラゴン宇宙船を載せた第2ステージはもう夜空の星になっている。僕は瞬きをするのを忘れていたのだろう。乾いた目を擦っていた間にその姿を見失ってしまった。この宇宙船の内部には、僕たちが制作した18個のアート作品が搭載されていた。宇宙船は翌々日の9日、地球低軌道上のISS(国際宇宙ステーション)と結合。ISS離脱までの29日と48分の間に約1930万キロ(地球と月の間を25往復相当)の距離を移動した。そして4月7日に大気圏再突入、太平洋への帰還を果たした。

Sojourner 2020 は米マサチューセッツ工科大学、メディア・ラボ宇宙探査イニシアチブと共同で2020年春に実施された国際アート・プロジェクトである。僕の3つの作品、Nothing, Something, Everything は2019年クリスマス・イブに誕生した甥、晟生(セイ)そしてこれからの未来を生きる全ての子供達に捧げる。

2020年9月6日
大野 雅人

 

Photo: A SpaceX Falcon 9 rocket lifts off from Space Launch Complex 40 at Cape Canaveral Air Force Station in Florida at 11:50 p.m. EST on March 6, 2020. Credit: NASA/Tony Gray and Tim Terry

 

まえがき

 

「月まではどのくらいですか?」と誰かが尋ねたとする。「平均しておおよそ38万キロです」という答えの他に「もうすぐ月に到着します」と返事が戻ってくる時代がくるかもしれない。そしてそれはそう遠くない未来のように思う。現代の航空宇宙技術は既にそれだけの進化を遂げているし、21世紀の宇宙開発ビジョンをもった民間人も出てきた。20世紀に人類が想像したサイエンス・フィクションの世界は、もうすぐ現実になりつつある。

人類はもうすぐ再び月へと向かう。今度は男性と女性がその地面を踏む。そしてその先に、人類は火星への有人宇宙飛行を目指す。 アポロ計画が終了したあとに生まれた僕らのような世代にとっては、宇宙開発が一段と重要性を増し、夢と希望に満ちた時代が訪れようとしている。 それと同時に、僕たちが何のために宇宙にいくのか、誰のためにいくのか、どうしていくのか、もう一度深く考えなくてはならない時代にいま僕たちは生きているのではないか。

僕たちは人類の為に宇宙に向かうのだろうか?それとも政治的な意図のために宇宙へと向かうのだろうか?正解はわからない、だけど考えてほしい。他の惑星に着陸した時、パスポートは必要だろうか?宇宙空間では誰の法に守られ、誰の法の裁きを受けるのだろうか?宇宙旅行会社は特定の国籍の乗客を搭乗拒否するだろうか?指紋は採取されるのだろうか?時差はあるだろうか?言語は?お金は?僕たちは宇宙に富裕層と貧困層の姿を見るだろうか?特定の人種や国籍が優位に立っていたりはしないだろうか?男女は地球上と同じように恋に落ちて、愛し合うのだろうか?人類は愛しあえるだろうか、それとも無関心のまま人を傷つけ合うだろうか?

人類が多惑星生命体になったとしても、人間の本質というものはきっと変わらないであろう。いままでの時代に完璧な世の中など存在しなかったように、完璧な未来などやってはこない。僕たちの世の中も、人類も、ずっと未完成。だからいつもそこには理想の追求という推進力があって、理想とは異なる現実が存在するのだと思う。なにもかもが、永遠に未完成。僕は宇宙の未来を、未完成な僕らだからこそ、みんなが一緒に考えなくてはいけないと思っている。そうしないと誰かがいつの間にか決めてしまう。僕にとって宇宙の未来を想像することは、大きな夢を見るために朝目覚めることができる喜びでもある。

 
 

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